子どもを取り巻く課題と解決策|セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン

ECDって何?~乳幼児期の子どもの発達~

ECDとは? 

近年国内外において小学校入学以前の子どもの教育や発達に関する関心・重要性が高まってきています。 

日本では教育の分野において、就学前教育、あるいは幼児教育という言葉が用いられ、着目されてきました[1]

 

今回紹介するECDとはEarly Childhood Developmentの略で、乳幼児期の子どもの発達を指します[2]

ECCD(Early Childhood Care and Development:乳幼児期の子どものケアと発達) と呼ばれることや[3] 教育面により重きを置いたECEC(Early Childhood Education and Care:早期幼児教育・保育)という言葉が用いられることもあります[4]

 

ECDは子どもの言語や認知機能、身体機能などの発達プロセスに着目し、教育だけではなく、子どもの健康状態や栄養、ストレスからの保護にも焦点を当てた考え方です。 

 

ECDは、子どものより良い成長と発達のため、教育分野だけではなく、保健・栄養分野や、子どもを暴力や虐待などから守る子どもの保護分野なども含む包括的な取り組みであると言えます[5]

 
ウガンダ:ECCDセンターで働くセーブ・ザ・チルドレンのスタッフと子どもたちが活動している様子

ECDがなぜ重要なのか?

ECDが着目されるようになったのは子どもの発達のプロセスと大いに関係があります。子どもの脳では産前から生後数年の間毎秒100万以上の新たな神経回路の結合が起こりその後、脳がより効率的に働くよう、不要なシナプス結合は除去され、必要なシナプス結合が強まります[6]

 

また、生後1年間最初に視聴覚器官言語機能が急速に発達し、その後認知機能が発達します。脳の発達には遺伝のほか、妊娠中を含む栄養状態や他者と関わるさまざま経験などが重要な要素として関係してきます[7]

 

生後早期であればあるほど子どもは新たな経験に対してより柔軟に対応し、強固な神経回路が形成されていきます[8]。一方で、極度の貧困やネグレクト、虐待など、乳幼児期に受ける慢性的なストレスは脳の十分な発達を阻害し、長期的に身体的・精神的な悪影響を及ぼすことがわかっています[9]

 

そのため、乳幼児期におけるさまざまな経験はポジティブ・ネガティブであるかどうかに関わらず、その後の子どもの発達に大きな影響を及ぼします[10]

 

乳幼児期における発達に着目した取り組みであるECDは子どもの成長を後押しし、その後の人生をサポートするための重要な考え方であるとも言えます。 

図1:ヒトの脳の発達を示した図。生後1年間の間で大きく脳が発達することがわかります。 

出典:”Human Brain Development is Great At Very Young Ages”
by C.A. Nelson Neurons to Neighbourhoods, 2000
 

ECDのプログラム

ECDのプログラムは、分野横断的な活動が行われます。 

 

海外[11]では、例えば子どもとのポジティブな関わりやしつけに関する保護者向けのプログラムの実施、栄養や調理方法の指導、early childhood development centerと呼ばれるECDのプログラムを実施する施設に勤務するスタッフの能力強化やその施設へ通うための貧困世帯への給付金支援、教育のための学用品の配布などといった取り組みが実施されています[12]

 

虐待や暴力、栄養不良など子どもにとってのリスク要因を減らす一方で、保護者との良好な関係構築のための支援、質の高い教育を受けるなどの取り組みが行われます。 

 

セーブ・ザ・チルドレンは、子どもたちが尊重され安全な環境で健やかに成長し、ともに学べるような包括的なECDのプログラムを構築することを目指し、これまでにお伝えしたような分野横断的な取り組みのほか、0歳から3歳の子どもがいる保護者を対象とした、子どもとのコミュニケーション手法や遊びを通した学びに関する支援[13]、3歳から6歳の子どもを対象にした早期の読み書きや計算能力の向上を目的とした取り組み[14]を実施しています。 

 

通常早期の読み書きや計算能力向上に関する支援は地域のECDセンターを通して実施していますが、貧困やその他さまざまな理由によりセンターに通うことのできない子どもたちについては、家庭でできるアクティビティを紹介することで、保護者が子どもたちの様子を見つつ、子どもたちの学びをサポートできるようにしています。 

 

これらの支援を通し、障害のある子ども、経済的困難や学習機会の不足などに直面する子どもを含む0歳から6歳の子どもたちが保護者や養育者と適切な愛着関係を育みながら、自らの潜在能力を最大限に引き出すことができることを目指しています。 

 

また、ECDのプログラムの実践を通し、支援する国や地域における既存のECDプログラムの強化や、効果が高いことが確認されたプログラムが国や地域の政策に反映されるよう活動しています。 

 
ネパール:配布された学習補助教材を使用し、母親のアニータさんから文字を教わるアユシュマさん
 
 
 
 
エジプト:ECCDのセンターで課外活動を楽しむ子どもたち
 
 
 
 
ウガンダ:配布された給食を2人で分けて食べるロキルさんとサビナさん。
ロキルさんは小学校へ、サビナさんはECCDセンターへ通学している。

 

ECDの効果

ECDが重要視される理由の一つに投資対効果が大きいという理由があげられます。 

 

多くの研究が子どもの発達が早期段階であればあるほど、子どもに対するECDプログラムの投資対効果は大きくなるということを示しています。 

 
図2:投資に対するリターンの大きさを示した図。
同じ投資でも乳幼児期のほうがリターンは大きくなることを示しています。 
出典:Heckman, James J. "Invest in early childhood development:
Reduce deficits, strengthen the economy." The Heckman Equation 7.1-2 (2012). 

 

ここでいうリターンや効果というのはどのようなことを指しているのでしょうか。

 

例えば2021年に行われたジャマイカにおけるECDプログラムの効果に関する研究[15]では1987年から1989年に同国で実施した栄養改善および保護者と子どもの関係性向上プログラムに参加した子どもたちのその後を調べるため、30年後に追跡調査を行いました。 

 

その結果、プログラムに参加したグループの時給および収入は同プログラムに参加しなかったグループと比較し、それぞれ43%37%高いことがわかりました。 

 

その効果は男性よりも女性のほうが大きかったという結果も出ています。また、一般的に貧困世帯の児童ほど認知行動機能の発達の遅れ[16]により小学校に入学した後に学習に困難を抱える傾向がありますが[17]、そのような世帯の子どもがECDのプログラムに参加すると、プログラムのインパクトは他の子どもよりも大きく、その後の学校教育における学習成果が他の生徒と変わらなくなるという研究もあります[18]

 

ECDプログラムによる子どもたちへの影響についてはさまざまな正の効果が認められる研究結果が出ています。しかし一方で、雇用面では効果が認められなかったなどといった報告もあります[19]

 

プログラムの効果を厳密に測定するには子どもたちがプログラムを完了した後に数年、あるいは数十年単位で追跡調査を実施する必要があるため、ECDは更なる研究成果が待たれる分野でもあります。 


図3:エチオピアで実施されたECCDプログラムにおける読み書き能力の事前事後調査結果。左側(ses=1)が貧困世帯、右側(ses=40)は裕福な世帯を表している。プログラム実施前は貧困世帯と裕福な世帯の間で約18%の差(35%:53%)があるが、プログラム実施後、学力にほとんど差が無いことが確認された。 
 
出典:Lauren Pisani, Ivelina Borisova and Amy Jo Dowd, 2015,
“International Development and Early Learning Assessment Technical Working Paper,” Save the Children, https://resourcecentre.savethechildren.net/document/international-development-and-early-learning-assessment-technical-paper/ 

 

まとめ

ECDは教育分野だけではなく、保健・栄養や子どもの保護などの分野を巻き込んだ横断的な取り組みです。子どもの発達に関する科学的エビデンスの観点から、乳幼児期は子どもの発達にとって非常に重要な時期です。 

 

子どもの早期発達段階において、ECDのプログラムを実践することでその後の子どもの学校教育や収入に大きな影響を及ぼすことがわかっています。 

 

一方で日本国内外において貧困世帯の児童ほどECDのプログラムを受けることができないといった結果も報告されています[20]ECDのプログラムを受けることで、子どもたちが貧困のサイクルから抜け出すことのできる可能性が高くなることを鑑みると、今後すべての子どもたちがECDを受けられるよう、各国政府や自治体が政策や取り組みに積極的に反映していくことが重要です。 

 

セーブ・ザ・チルドレンは、包括的なECDプログラムの実践を通して、社会経済的状況の違いなどから生じる子どもの発達段階におけるギャップを埋め、子どもたちの知的好奇心を育み、身体的・精神的に健やかに成長できるように支援しています。 

 

子どもたちにとって公平な機会を促進するECDの活動にご興味を持ち、一緒に応援したいと共感された方は、ぜひ私たちの活動へのご支援やご協力をお願いいたします。 

 

[1]  参考:中央教育審議会、2004、「資料2 子どもを取り巻く環境の変化を踏まえた今後の幼児教育の在り方について(中間報告)(案)第2節 幼児教育の意義及び役割」、部科学省、https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1395402.htm  

(202312月19日閲覧) 

[2] 日本ユニセフ協会、「ユニセフの取り組み|乳幼児期の子どもの発達(ECD)〜"はじめ"が肝心〜」、https://www.unicef.or.jp/ecd/unicef.html (2023年12月19日閲覧) 

[3] Save the Children2016, Early Childhood Care and Development (ECCD): Various modalities of delivering early cognitive stimulation programs for 0-6 year olds 

[4] 参考:国立教育政策研究所、「OECD国際幼児教育・保育従事者調査」、https://www.nier.go.jp/youji_kyouiku_kenkyuu_center/oecd.html (2023年12月21日閲覧) 

[5] World Bank, 2023, Early Childhood Development Overviewhttps://www.worldbank.org/en/topic/earlychildhooddevelopment 2023年12月19日閲覧) 

[6] Center on the Developing Child at Harvard University, “InBrief: The Science of Early Childhood Development,” https://developingchild.harvard.edu/resources/inbrief-science-of-ecd/  (2023年12月19日閲覧) 

[7] Centers for Disease Control and Prevention (CDC), 2023, Early Brain Development and Health https://www.cdc.gov/ncbddd/childdevelopment/early-brain-development.html (2023年12月19日閲覧) 

[8] Center on the Developing Child at Harvard University, Brain Architecture,” https://developingchild.harvard.edu/science/key-concepts/brain-architecture/ (2023年12月19日閲覧) 

[9] Center on the Developing Child at Harvard University, “Three Core Concepts in Early Development,” https://developingchild.harvard.edu/resources/three-core-concepts-in-early-development/ (2023年12月19日閲覧) 
参考:Center on the Developing Child at Harvard University, “3. Toxic Stress Derails Healthy

[10] Robinson LR, Bitsko RH, Thompson RA, et al. CDC Grand Rounds: Addressing Health Disparities in Early Childhood. MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2017;66:769–772. DOI: http://dx.doi.org/10.15585/mmwr.mm6629a1 

[11] 日本においてはECDではなく「幼児教育」という言葉が基本的には使用されます。日本の幼児教育の特徴として子どもの主体性を重んじた活動や遊びを中心に、社会性や協調性を育むといった認知・非認知能力の向上に焦点を当てていることから、単なる小学校準備教育ではないといったことが指摘されています。 
参考:浜野隆, 2019, 「日本の幼児教育、7つの特徴」、日本型教育の海外展開(EDU-Port ニッポン), https://www.eduport.mext.go.jp/journal/needs-seeds/7-2/ (2023年12月21日) 
[12] World Bank, 2023, Early Childhood Development Overview, https://www.worldbank.org/en/topic/earlychildhooddevelopment (2023年12月19日閲覧) 

[13]  Save the Children, 2018, Common Approaches in the Pipeline: Building Brains 

[14] Save the Children, 2023, Early Childhood Care and Development (ECCD) Overview 2023-24"

[15] Gertler, Paul, et al. Effect of the jamaica early childhood stimulation intervention on labor market outcomes at age 31. No. w29292. National Bureau of Economic Research, 2021. 

[16] Schoon, Ingrid et al. “Wellbeing of Children : Early Influences.” (2014). 

[17] Save the Children, 2012, Laying the foundations Early childhood care and development,” https://www.savethechildren.org/content/dam/global/reports/education-and-child-protection/eccd-advocacy-12.pdf 

[18] Ladd, H. (2017), “Do some groups of children benefit more than others from pre-kindergarten programs?”, in The Current State of Scientific Knowledge on Pre-Kindergarten Effects, Brookings & Duke Center for Child and Family Policy, Washington, DC & Durham, NC. 

[19]Gertler, Paul, et al. Effect of the jamaica early childhood stimulation intervention on labor market outcomes at age 31. No. w29292. National Bureau of Economic Research, 2021. 

[20]Kachi Y, Kato T, Kawachi I. Socio-Economic Disparities in Early Childhood Education Enrollment: Japanese Population-Based Study. J Epidemiol. 2020 Mar 5;30(3):143-150. doi: 10.2188/jea.JE20180216. Epub 2019 Mar 23. PMID: 30905897; PMCID: PMC7025920. 
UNICEF, 2014, “EARLY CHILDHOOD DEVELOPMENT BUILDING BETTER BRAINS AND SUSTAINABLE OUTCOMES FOR CHILDREN,”

https://www.unicef.org/kosovoprogramme/media/191/file/ECD_General_Population_ENG.pdf