このコラムでは、子どもを暴力から守り、安心・安全を守る支援である「子どもの保護(Child Protection)」という分野を、さまざまな社会課題と掛け合わせながら、わかりやすくお伝えします。 子どもを取り巻く課題を知り、考え、行動につなげるきっかけになれば幸いです。他分野やセーブ・ザ・チルドレンの活動ともつながる場としてお届けします。
過去のコラムはこちら:
第一回:【子どもの保護コラム】いま世界が“体罰禁止”に向かう理由――4月30日「子どもへの体罰を終わらせる国際デー」に寄せて――
第二回:【子どもの保護コラム】スマホが日常の今、子どものオンラインの安全を考える
第三回となる今回は、地震や豪雨など日本でも身近な自然災害や、世界で起きている紛争といった緊急時において、子どもの「こころ」の健康をどう守ればよいのかを取り上げます。子どもはストレスを受けても、周囲の大人が支えれば回復する力を持っています。周りの大人ができることをわかりやすくご紹介します。
災害や紛争がもたらす子どもへの影響
世界保健機関(WHO)によると、災害の影響を受けた人の多くが不安や絶望感、睡眠障害などを経験し、約5人に1人はうつ病や心的外傷後ストレス障害(PTSD)1 などの精神疾患を抱えると報告されています2。こうした背景から、人道・緊急支援活動においては、こころの健康に配慮した支援を行うことが欠かせません。セーブ・ザ・チルドレンは、国際的な人道支援の原則3に沿って、災害や紛争の影響を受けた子どもたちへの支援活動を行っています。
災害や紛争の影響を受けた子どもたちは、家族との離別や教育・医療が受けられない、不安を感じたり、食事や睡眠行動に変化が見られるなど、日常生活に大きな困難を抱えることがあります。そのような状況の中で、安心できる環境や心理社会的な支えを十分に得られない場合、子どもたちの健やかな成長に影響を及ぼす可能性があります。2024年の能登半島地震の被災地でセーブ・ザ・チルドレンが実施したアンケートでも、「不安がある」「眠れない」といった声が子どもたちから寄せられました。こうした反応は、危機的な状況下で子どもが示す一般的なストレス反応で、異常な状況に対する正常な反応です。子どもが安心できる保護者や家族と過ごし、少しずつ日常が戻ってくることで、これらの反応は徐々に落ち着いていくと言われています。
(危機的状況下で子どもが示す一般的な反応の例はこちら)
子どもがレジリエンス(回復力)を発揮できるように
子どもたちは、困難な状況下にあっても、適切な支援を受けることで回復する力(レジリエンス)4を発揮することができます5。こうした回復を支えるための支援の基本には、次のような要素が含まれます。
● 安全を確保する:子どもが安心できる環境を整える
● 基本的なニーズを満たす:食べ物や水、衣料など必要なものを確保する
● 家族や信頼できる人とのつながりを大切にする:家族と一緒に過ごせるようにしたり、信頼できる大人が関わる
● 学校や地域の中で支援を受けられる:学びや遊びを通して安心できる場所に参加できるようにする
これらの支援に加え、特に深い苦しみや長期的な困難を経験した子どもたちには、より継続的で専門的な支援が必要となる場合があります6。
子どものこころの健康に関する問題は、子ども自身だけで解決できるものではなく、家庭・学校・地域・専門機関などさまざまな関係者の連携が不可欠です。時には保護者などへの支援も含めながら、子どもが安心して学び・遊び・相談できる環境を整え、必要に応じて専門的な支援につなげていくことが重要です。
緊急下の子どものこころのケア「子どものための心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド/Psychological First Aid:PFA)」
では、災害などの緊急時に子どもたちのこころの健康を守るため、私たち一人ひとりは、どのように行動すれば良いのでしょうか。専門的な知識がなくても、子どもに寄り添い、安心を届けるための行動指針を示す、子どものこころの応急手当て「子どものためのPFA」7の一部をご紹介します。その基本は「準備」・「見る」・「聴く」・「つなぐ」の行動原則です。
① 準備 Preparation:
子どもに関わる前提として、被災状況や支援体制、安全について確認する
② 見る Look:
子どもの様子や周囲の状況を注意深く観察し、支援を必要としている子どもがいないかを把握する
③ 聴く Listen:
子どもの声や気持ちに耳を傾け、安心できるように寄り添う
④ つなぐ Link:
必要に応じて、信頼できる大人や支援機関につなげる
子どものこころの健康を支えるときに大切な要素は「安全」「落ち着き」「自己効力感」「つながり」「希望」の5つです8。これらに沿った支援をすることで、影響を受けた子どもたちの心理的な回復を促すことができます。
子どものこころのケアは専門家だけが行うものではありません。私たち一人ひとりが子どものためのPFAの行動原則を理解し、緊急時に子どもがいる場面で実践することが、子どもたちを守り、支える力になります。
(詳しくは子どものための心理的応急処置(子どものためのPFA)|セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンをご覧ください)
セーブ・ザ・チルドレンの取り組み
セーブ・ザ・チルドレンは、災害・紛争の影響を受けた子どもたちの支援に関わる地域の人々と共に、子どものこころの健康を守る取り組みを行っています。ここでは、海外と日本での取り組みの一部をご紹介します。
ルーマニア:避難を余儀なくされるなかでも、前向きな気持ちを持ち続けられるように
ウクライナ危機による紛争や避難の経験は、子どもたちや養育者のこころに影響を及ぼしています。隣国ルーマニアでは、避難しているウクライナ難民の子どもたちが、心理士とのグループセッションや学習支援、美術やスポーツなどを取り入れた放課後活動に参加したほか、養育者は子どもが見せる反応や行動について心理士と相談できる時間を活用しました。これらの活動を通して、避難先で安心して過ごし、前向きな気持ちを持ち続けられるよう取り組みました。
(詳しくは【事業完了報告】ルーマニア・コンスタンツァ県に避難しているウクライナ難民の子どもたちとその家族に向けた教育と心理社会的支援事業をご覧ください)
放課後活動の様子
南スーダン:不安定な環境に身を置く子どもたちに、困難に立ち向かう力を
紛争や気候変動の影響が重なり深刻な人道危機に直面している南スーダン。長期化する避難生活により不安定な環境に身を置く子どもたちが、「こどもひろば」などの安心できる環境で、縄跳びや積み木、歌やスポーツ、気持ちや経験の共有などの活動を通じて、ストレスを和らげ、こころと身体の健康を保ち、困難に立ち向かう力を高めています。
(詳しくは【南スーダン】国内避難民の子どもをあらゆる暴力から守る仕組みをつくるためにをご覧ください)
こどもひろばでのグループセッションに参加する子どもたち
日本: 被災の影響がある地域で、子どもたちに安心・安全な場を
2024年能登半島地震では、発災直後から被災地域に入り、避難生活の中でさまざまな選択肢が限られてしまう子どもたちが安心・安全に遊び、過ごすことができる空間 ―「こどもひろば」を開設しました。子どもたちは、段ボールを使った工作や、ふくらませたビニール袋をボールに見立てたバレーボールなど、思い思いの遊びを楽しみました。その他、被災の影響がある地域で子どもと接する放課後児童クラブ(学童保育)の支援員は、「子どものためのPFA」研修を通して災害の影響を受けた子どもに接する姿勢や、取るべき行動について学びました。
(詳しくは『2024年能登半島地震・豪雨子どもたちへの緊急・復興支援』震災から1年の活動報告をご覧ください)
セーブ・ザ・チルドレンは、これからも子どものこころの健康を守り、安心して前向きに過ごせるような環境づくりと支援活動を続けていきます。
<参考>
子ども向けに心の健康について記載した記事はこちら:
[1]死の危険に直面した後、その体験の記憶が自分の意志とは関係なくフラッシュバックのように思い出されたり、悪夢を見たりすることが続き、不安や緊張が高まったり、辛さのあまり現実感がなくなったりする状態(こころの情報サイト, 国立精神・神経医療研究センター)
[2]Mental health in emergencies, World Health Organization(2025年9月18日閲覧)
[3]災害・紛争等緊急時における精神保健・心理社会的支援に関するIASCガイドライン」や「人道行動における子どもの保護の最低基準(CPMS)」など支援において検討すべき事項を定めた国際ガイドライン
[4]困難な経験をしても、逆境を乗り越え、前向きに適応する能力のこと(I Support My Friends理論と実践の手引き, Save the Children)
[5]回復への道-紛争下における子どもたちのメンタルヘルスの課題に対応するために, Save the Children, 2019(2025年9月18日閲覧)
[6]Road to Recovery- Responding to children’s mental health in conflict, Save the Children, 2019(2025年9月18日閲覧)
[7]自然災害や事故などの危機的な状況を経験した子どもを支援する際、特別な心理的知識がなくても誰でもが子どもに寄り添った支援ができるよう、取るべき行動や姿勢を示したもの(https://www.savechildren.or.jp/lp/pfa/)